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最高裁判所大法廷 昭和22年(れ)88号 判決

主文

本件上告を棄却する

理由

弁護人松岡虎吾同今川一雄上告趣意第三点は前記判決ニ挙示スル証拠中檢察官ノ公判請求書中公訴事実トシテ被告人両名ハ朴賛東等ト共謀ノ上判示日時場所ニ於テ小林義一方ニ侵入シテ同人等ニ拳銃ヲ擬シテ脅迫シ同人所有ニ係ハル現金二千三百円寫眞機其ノ他五十数点(價格合計金十一万八千六十円相当)ヲ強取シタルモノナル旨ノ記載ヲ援用シテヰル元來檢察官ハ原告官デアリ裁判ハ原告官デアル檢察官ノ公訴事実ニ基キ科刑権ノ有無ト其範囲ヲ審理裁判スルノガ目的デアル從テ檢察官ノ公判請求書中公訴事実ノ記載ヲ証拠ニ採用スルコトハ法律違反デアル刑事訴訟法應急措置ニ関スル法律第十二條ニヨルト証人ソノ他ノ者(被告人ヲ除ク)ノ供述ヲ録取シタ書類又ハ之ニ代ハルベキ書類ハ被告人ノ請求ガアルトキハ其ノ供述者又ハ作成者ヲ公判期日ニ於テ訊問スル機会ヲ被告人ニ與ヘナケレバ之ヲ証拠トスルコトガ出來ナイ旨記載セラレテヰル被告人ハ檢察官タル原告ヲ訊問スルコトガ出來ナイコトハ前記法第十一條ノ趣旨カラ当然デアル從テ原判決ニ於テ右檢察官ノ公判請求書ノ記載事実ヲ以テ証拠ニ援用シタノハ憲法違反デアルカラ破棄ヲ免レナイというにある。

しかし,原判決が判示強盜の事実を認定する証拠中に、所論のように「公判請求書記載の公訴事実」を示したのは、右の記載事実の内容自体を証拠として引用した趣旨ではなく、第一審公判調書中の被告人の供述記載を証拠とするに際して、右公判調書記載の「御読聞けの公判請求書記載の公訴事実はその通り間違ない」との被告人の供述の意味内容を補充しこれを明かにするための資料としたのに過ぎず、証拠そのものとしては、実質上右公判調書に記載された被告人の供述だけを引用したものであることは、原判決の証拠説明を通読すれば明かである。されば、原判決には所論のように公判請求書自体を証拠に援用した違法はなく、もとより憲法に違反した点はない。

同第二点は第二審ノ判決デ挙示スル証拠ヲ見ルニ原審ノ公判調書記載ノ被告人金載淑並渥美龍雄ノ自白ヲ援用シテヰル然シ右ハ刑事訴訟法ノ應急的措置ニ関スル法律第十條ノ規定ニヨツテ断罪ノ資料ニ供スルコトハ出來ナイ但シ共犯者ノ自白ニ付テハ疑ガアルガ自己ノ自白ニヨツテ有罪トセラレ刑罰ガ科セラレナイニモ拘ラズ他人ノ自白ニヨツテ不利益ヲ受ケル理由ハナイカラデアル然シ右公判調書記載ノ自白ハ被告人ニ対スル唯一ノ不利益ナ証拠デナイカモ知レナイガ公判請求書ニ付テハ後述スルガ被害者小林義一ニ対スル司法警察官ノ聽取書ハ犯罪ノアリタル事犯罪ノ模樣ヲ知ルコトハ出來ルガ被告人渥美龍雄ノ具体的犯罪ニ付テハ知ルニ由ガナイ被害者ノ強盜被害届も同樣デアルカラ判決ハ結局虚無ノ証拠ニヨツテ裁判シタコトニナルカラ破棄ヲ免レナイというにある。

しかし、日本國憲法の施行に伴う刑事訴訟法の應急的措置に関する法律第十條第三項にいう本人の自白とは、被告人の公判外における自白を意味し、被告人の公判廷における自白を含まないものと解すべきであるばかりでなく、原判決は第一審公判調書記載の被告人の供述の外、小林義一に対する司法警察官の聽取書中の同人の供述記載その他の証拠をも引用しているのであるから、本件は被告人の自白が唯一の不利益な証拠である場合に当らない。もつとも、弁護人は被告人の供述を除いたその他の証拠だけでは被告人が犯人であることを認めるに足りないから虚無の証拠であるというのであるが、これらの証拠は被告人の供述と相まつて公訴事実の全部を確認するに役立つものである以上、所論のような証拠であつても証拠力がないわけではないから論旨は理由がない。

同第一点は東京高等裁判所ハ昭和二十二年七月七日第二審判決デ渥美龍雄ニ対シ強盜既遂ノ共同正犯ノ認定ヲシテ然シ弁護人等ハ被告人渥美龍雄ノ行爲ハ強盜ノ実行ニ着手シタガ自己ノ意思ニヨツテ中止シタモノデアルカ又ハ主犯デアル中村某等ノ強盜行爲ノ容易ニシテ之ヲ幇助シタニ過ギナイカラ孰レノ点カラシテモ刑ノ軽減ヲ受ケル法律上ノ原因ガアルト主張シタ然ルトコロ原審ハ弁護人等ノ主張ヲ採用セズ強盜既遂ノ共同正犯デアルト断定シタ右弁護人等ノ主張シタ中止又ハ幇助ノ点ニ付テハ被告人ハ第二審ノ公判廷ニ於テ詳細ニ陳述シテ居ルバカリデナク第一審公判廷ニ於テ弁護人ノ補充訊問デ被告人渥美龍雄ハ「硝子ヲ破ツタノハ中村某ノ命令ニヨルモノデアル」旨陳述シテヰルシ被告人渥美龍雄ハ中村某ノ命令デ電話線ヲ切断シタ外ハ大シタ働キヲシテヰナイコトハ其ノ公判調書デ窺ヒ知ルコトガ出來ル被告人渥美龍雄ハ第二審ノ公判廷ニ於テ本件犯行ノ動機トシテ中村某カラ金ガアルカラ世話スルト云ハレテ犯行当日三万円ヲ手渡シタガ隠匿物資ヲ摘発ニ行クノダト云ハレテ其ノ金三万円ヲ取返スタメ現場マデ行ツタガ相手ガ余リ多イノデ取返スコトモ出來ズ中村ニ強制セラレテ硝子ヲ破ツタガ恐シイノデ中ニ入ラナイデイルト後カラ押スモノガアルカラ無已中ニ入ツタガ恐シイノデ帰ラウトシテ玄関ノ方ヘ來ルト中村某カラ電線ヲ切レト云ハレテ之ヲ切ツタガ先ニ外ニ出タ自分ハ何ニモ取ラナイ旨陳述シテヰルソシテ第一審公判廷デ之ヲ云ハナカツタノハ金ノ密賣買ハ進駐軍ノ軍事裁判デ嚴罰セラレルト聞イテ居タノデ云ハナカツタト陳述シテヰル共犯朴賛東ハ昭和二十二年六月二十七日第二審ノ第四回公判廷デ裁判長ノ「証人ハ今晩強盜ヲヤルト云フノデ行ツタノデハナイカ」トノ問ニ対シテ「中村ハ最初隠匿物資ガアルカラ取引スル故手傳ツテ呉レト云ハレテ行ツタノデアリマス」又ハ「隠匿物資ノ取引スルカラ手傳ツテ呉レト云ハレタ事ハ間違ヒナイカ」トノ問ニ対シテ「間違アリマセン」ト答ヘテ居ル又朴賛東ハ眼鏡ヲ掛ケタ日本人(渥美)ト草ムラデ待ツテヰルト二人ガ呼バレタト陳述シテヰル從テ本件記録ヲ詳細ニ調査スレバ本件ニ於テ被告人渥美龍雄ガ各共犯者ノ中ニ占メテヰタ地位ハ勿論主犯中村カラ金三万円也ヲトラレテ無已被害者宅ニ入ツタガ恐シクナツテ犯罪者カラ脱退シタカ又ハ主犯中村ニ強制セラレテ其ノ犯行ヲ容易ニシタニ過ギナイコトハ明瞭デアルニ拘ラズ敢エテ強盜ノ共同正犯ノ認定ヲシタノハ結局判決ニ理由ヲ附セナイカ又ハ理由ニ齟齬アルモノデ到底破棄ヲ免レナイというにある。

しかし、原判決に引用した証拠によれば、被告人が金載淑等と共謀の上原判示のように小林義一方居宅に侵入し同人その他の家族に暴行脅迫を加えて同人所有の金品を強取した強盜罪の共同正犯として、犯罪の実行に加担し既遂罪の罪責を負うべきものであることを認定し得るのであるから、原判決には所論のような理由不備若くは理由齟齬の違法はない。論旨は原審の措信しない証拠を論拠として原判決の事実認定を非難するに帰着するので理由はない。

よつて、裁判所法第十條但書第一号、刑事訴訟法第四百四十六條により主文のとおり判決する。

この判決は裁判官全員の一致した意見である。

(裁判長裁判官 三淵忠彦 裁判官 塚崎直義 裁判官 長谷川太一郎 裁判官 澤田竹治郎 裁判官霜山精一 裁判官井上登 裁判官栗山茂 裁判官眞野毅 裁判官小谷勝重 裁判官島保 裁判官齋藤悠輔 裁判官 藤田八郎 裁判官 河村又介)

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